今月の前半はフィリピンからベトナムを経由して友人に会いに行き、日本へ半日トランジットして物資補給を行い、カナダでパートナーとの打ち合わせを終え、後半はメキシコ。本田圭佑(敬称略)も暮らすパチューカでホームステイをしている。なかなか多動な日々だ。

昔から批判をもろともせずリスクを冒して挑戦をする本田圭佑の考え方や生き方には共感することが多く、サッカー選手の傍らで経営者としてもグローバルに活躍し、異国の地メキシコで闘う姿に、次元は違えど、新しい生き方・働き方に挑戦する旅人、経営者、そして人間として、刺激を受けずにはいられない。

 

圏外の暮らし

メキシコはスペイン語圏で英語が通じない。日本の学校で中高英語を勉強した学生の英語力かそれ以下のスペイン語力だから、はじめて海外留学をして英語を話せない留学生の気持ちを感じたりもしている。それでも、まったく話せない0のベトナム語と比べたら、片言でも話せるスペイン語に、コスタリカやスペインで語学学校で学んだ価値を気づかせてくれる。言葉の通じない国へ行った時、言葉の大切さや伝えることの難しさに気づく。留学の価値はその時は気づかなくても、未来に点と点がつながって線になった時、その意味を発見することも多い。だから留学したいと思ったら言い訳をやめて今すぐ飛び立とう。

国をまたぐ移動が多いとまだこの時代は通信キャリアの契約も面倒だ。敢えてSIMを挿れずインターネットを制限する期間にしている。Wi-Fiはつなげるのでインターネット0ではないけど、携帯電話の時代から家庭電話の時代、あるいはスマートフォンの時代からデスクトップコピュータの時代に戻るような感じだ。いつでもどこでも使えないから、使える時の集中力が違う。タイムマシン体験は、忘れていたものを思い出させてくれる。デジタルデトックスと呼んだりしてやり方はいろいろあるけど、情報過多とかSNS疲れとか言われる時代にインターネットに依存している人は時々オフラインにする生活を試してみるといい。

この前ラマダン(断食)の時期にイランに行ってから断食にはまっている。グルメハンターとして珍しい料理を見つけたら13食以上の時もあるし、完全に0の断食ではないけれど、お腹が空いた時に112食に制限をしている。なるべく健康な食べ物を選び、添加物まみれの機内食なんかは避ける。”13食規則正しくと、日本で洗脳された常識から解放されることで、精神にも肉体にも健康になった。ちなみに、メキシコ人は15食。メキシコ料理は辛くて脂っい。スタジアムやお祭りのビールは、文字どおり2倍でコロナのボトル2本を同時に紙コップに注ぐ。肥満大国にならないわけがない。ファスティングと検索するといろいろ出てくるから、13食の固定観念に洗脳されていないか疑うところからはじめてみるといい。

英語圏外、スマートフォン圏外、13食圏外。生まれ故郷の日本から距離と時差がほとんど反対の遠い中南米で暮らすことで感性が研ぎ澄まされる。アイデアもスピリッツも湧き出てくる。雑音に惑わされることもなく、自分が信じたことに情熱を注げる。トラブルだらけの毎日でうまくいかないことだらけでも、ピンチをチャンスに変えてなんとかやってる。虚勢を張って吠えることもある。時代に逆らうこともある。笑われても転んでも何度でも立ち上がって挑戦を続けるしかない。本田圭佑語録を借りるなら「挫折は過程、最後に成功すれば、挫折は過程に変わる。だから成功するまで諦めないだけ。」

 

本田圭佑の挑戦

個人的にVVVフェーロン時代から同じ時代を生きてリアルタイムで応援しているけど、自分が知る限り本田圭佑というサッカー選手は、生まれた時から天才タイプでずっと一番のスーパープレーヤーではなかった。何度も挫折を乗り越え、地道な努力とリスクを冒した挑戦を繰り返して成り上がってきた選手だ。盛んに新天地へ移動する軌跡、日本の常識にとらわれずグローバルな視点で活動している点も注目して欲しい。本田圭佑の経歴を振り返ると夢を叶えるヒントがある。

摂津FC

1994年、摂津FCでプレーするが、全国大会へ出場できるレベルではなかった。

卒業文集では、「セリエA10番になり、Wカップでブラジルを破り優勝する」と具体的で数値目標まである明確な将来の夢を描いている。

夢を具体的に言葉にすることで実現する。

ガンバ大阪JY時代

1999年、本田圭佑を可愛がるコーチや家族のサポートを受け、Jリーグのアカデミー、ガンバ大阪ジュニアユースに入る。チームの厳しい練習の後も、自分で考えて自主練習をやっていたらしい。しかし、精鋭しか上がれないユースに昇格できず、サッカー人生最大の挫折を味わい新天地を目指す。

挫折して夢を諦めるのではなく、夢を叶えるためルートを変える。

星稜高校時代

2002年、石川県の星稜高校へ進学し、3年時に高校サッカー選手権大会でベスト4、全国制覇はならず。この際に、プロになるためにどうすべきを考え、名門すぎる高校ではユースに上がれなかったのに実力が足りないと自己分析し、最終的に誰もいないところへ行くという結論を出す。プロになれなければ家に帰れない覚悟をしている。

夢に向かって現在地を知る。覚悟をする。

名古屋グランパス時代

2005年、名古屋グランパスとオファーがあれば海外クラブへの移籍を認めるという条項付きのプロ契約を結び、プロになる夢を実現。開幕戦から先発出場し晴れてJリーガーデビューを果たし、翌年にはレギュラーに。チームの成績は振るわず。

一つの夢を達成し満足するのではなく、次の夢を見据えている。

VVVフェンロー時代

20081月、21歳でオランダの1部リーグ(エール・ディヴィジ)のVVVフェンロヘ2年半契約で移籍。背番号は29番。海外移籍の夢も実現。しかしクラブは2部リーグ(エールステ・デイヴィジ)へ降格。翌年もチームに残留し、背番号を10番に変更、クラブの2部リーグ優勝、1部昇格へ導き、自身も年間最優秀選手(MVP)を受賞。

自分が活躍できる場所を選び、失敗しても成功するまで挑戦をする。

CSKAモスクワ時代

20101月、移籍金900万ユーロ(約12億円)でCSKAモスクワに4年契約の完全移籍。CL(チャンピオンズリーグ)初出場。日本人初、クラブ史上初、ロシア史上初のCL準々決勝進出の原動力となる。ロシア・プレミアリーグ優勝、ロシア・カップ優勝、ロシア・スーパーカップ優勝に貢献。一方で、全治三ヶ月の右膝を故障し戦線離脱。欧州4大リーグ、イタリア・セリエASSラツィオへの移籍が決まりかけていた目前に破談となる。

未知の世界に飛び込み、心を折らず、評価される場所で名を馳せ、もっと上に挑戦する。

2010ワールドカップ・南アフリカ

岡田武史監督のもと、中田英寿を中心とするチームで、中村俊輔と世代交代し日本代表の新しいエースとして頭角をあらわす。全4試合フル出場、2ゴール1アシスト。自身は3度のマン・オブ・ザ・マッチに選出される。

ACミラン時代

201312月、フリーでイタリアのセリエAACミランにミラン初の日本人選手として3年半契約の完全移籍。セリエAで背番号10番になる夢を実現する。しかし、自身もチームも振るわず、幾度かの高評価を得る機会もあるが、監督の交代でポジション争いに苦しみ、サポーターやメディアにも厳しい評価をされ、不遇のシーズンを過ごす。

背伸びしてでも高い志で挑戦し、未来の成功を信じて地道な努力を続ける。

2014年ワールドカップ・ブラジル

ザッケローニ監督のもと、チームのリーダーとなり、マンチェスターUの香川真司、インテルの長友佑都などを擁し、ワールドカップ優勝という最大の夢に挑み、日本人のワールドカップ最多得点を記録、グループリーグベストイレブンに日本人で唯一選出されるも、敢え無く予選グループ3戦全敗で敗退。

無理と笑われても夢を宣言し、仲間を鼓舞し、本気で挑戦する。

CFパチューカ時代

20177月、メキシコ・1部リーグのCFパチューカへ1年契約で移籍。背番号02番。ユニフォームネームはこれまでの「HONDA」ではなく「KSK」と圭佑の名前をもじった自身のブランドでもある新しい名前を刻印。初出場で初ゴールを記録。日本代表でポジションを奪われ、2018年ワールドカップロシアへ出場するために最適の決断をする。またセリエAと比べたらメキシコは格下のリーグだが、CFパチューカは南米代表としてクラブワールドカップに出場できる点では昇格している。

過去の栄光に捉われず、夢の実現のための選択をする。視野を広げ未知の世界への挑戦。

 

見出しだけみると順風満帆の人生に見えるかもしれないけど、決して本人の思い通りにいっているわけではない。夢に向かって強い覚悟がある。誰かに敷かれたレールの上を走るのではなく、自分の意思を信じて貫いている。新しい場所へ飛び込み、リスクを冒して挑戦を続けチャンスを掴んでいる。幾度となく挫折しても成功するまで諦めず、地道な努力を重ね叶えてきたもの。

 

リスクを冒して挑戦しよう

世の中にはごく稀に信じられないような天才もいるけれど、ほとんどの人は最初からうまくいくわけではない。失敗もするし、くじける時もある。それを乗り越えて諦めず挑み続けていればいつかチャンスがやってくる。成功する人と失敗する人の違いは、途中で諦めるか、成功するまで続けるかの違いだけ。

なかなか思うようにいかないこともあるかもしれないけれど、時には開き直って、肩の力を抜いて。転んだら笑い飛ばして、泥まみれになってもいいから。できることから始めよう。やってみないとわからない。失敗してもいくらでもどうにでもなる。うまくいくまでやり直せばいいだけ。

ワールドカップ優勝のように他の要因があるものではなく、海外留学するとか海外移住するとか世界23周の旅をするぐらい、リスクを冒し挑戦をして諦めなければ230%夢は叶う。

Change The Future…

 

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Ken UtsumiCEO / Art DirectorTwitter:@u23ken
住所不定のノマドライフ、職業不明のトラヴェラー、無国籍のコスモポリタン。旅しながら仕事x勉強x趣味x恋愛。Future Life/Work《未来の生き方/働き方》に挑戦。ヒト・アイデア・夢をつなぐHUB。留学・クリエイティブ・ITを支援。神戸生まれサッカー馬鹿。『World Odyssey: 世界23周の旅』5周目。